2010年12月29日水曜日

桃太郎君ご飯を炊く

今年のクリスマスの、桃太郎君へのプレゼントのひとつは、なんと炊飯器でした。
我が家のキッチンはとても狭いので、これまではご飯を食べる時にはお鍋でその都度炊いていました。
桃太郎君にはそれが普通だったのですが、日本で炊飯器を「発見」してから、どうしておうちにはないのか、事あるごとに問いただすようになりました。
「マミィ、炊飯器って、とっても便利なんだよ」
「あのね、スイッチを入れると、自然にご飯が出来て、そのまま暖かいから、好きな時にご飯が食べられるんだよ、ステキだよねぇ」
「僕、炊飯器が欲しいなぁ」
エトセトラエトセトラ・・・

我が家でご飯を炊くのはせいぜい月に2日から3回です。
お鍋で炊いたら美味しいご飯が出来るんだから、全く必要性は感じないんだけど、あまりに桃太郎君が欲しがるので、とうとうクリスマスプレゼントのひとつにしたのです。
ティムちゃんは「炊飯器を子供のプレゼントにするなんて(あまりにも夢のないプレゼントだから)常識がない」とかなり反対だったのですが、他にもたくさんプレゼントを用意したからジョークのひとつと割り切ってもらいました。

クリスマスの日にはガチョウ、ボクシングデーにはお馴染みのギャモンだったので、27日に日本のカレーライスを献立にしました。
桃太郎君にお米を洗ったりする方法(研ぐとはお世辞にもいえない)を教えて、スイッチを入れました。
出来上がりのご飯!とっても美味しかった。

2010年12月26日日曜日

クリスマスの正餐

去年は七面鳥を用意したので、少しご機嫌ナナメだった桃太郎君です。
「僕は七面鳥なんて食べたくないからね。絶対にガチョウにしてよ」
そこで今年は例年のようにガチョウを買いました。
普段はアレンで注文するのですが、農家から直接買いたいということで、レスターの農家に連絡を取って小切手を送って、そして配達してもらうといった手段です。
雪のために届かなかったらどうしようと、少し心配しましたが、無事に届きました。
約4.5kgのガチョウです。
これでお値段は66ポンド。レスターの農家から「重さにかかわらず、3時間190度で焼くように」との案内がありました。
まずフォイルをかぶせて。最後の30分はフォイルを取って。テーブルに運ぶとこんなカンジ。
テーブルの上でカーヴィングします。カーヴィングはティムちゃんのお役目です。
七面鳥と違って、お肉の部分が余りありません。お代わりをしたら、ちょうどなくなるくらい。今朝は手羽とモモの骨の部分を使ってスープを取りました。
冷蔵庫の残り野菜を使って、お昼ごはんはスープ。
それでおしまい。
七面鳥と比べると、残りのお肉の処理を考えなくていいので楽かもしれません。
今朝のBBCのウェブのお料理のコーナーも、残った七面鳥でパイを焼こうなんて記事でした。
それにしても、ガチョウのファームの案内では、このサイズで8人分とかって書いてありましたが、いったいどんな小さな胃袋の人達用なのかと思います。

2010年12月23日木曜日

パントマイム

私は世界で一番自由な国はイギリスだと思います。
この国で起こる色々な出来事を、他の国と比較してみると、善い悪いは全然別のレベルだとしても、自由な国だと思うことがしばしば。
誰でも、なんに対しても、自由に自分の意見が言える国は、実際はそんなに多くはありません。
今に始まったことではなくて、昔からイギリスでは、政治的な亡命者を受け入れてきました。
ウィキリークなんかの出来事も、他の国ならもっと違う展開になったことは簡単に想像できます。

「こんなお国柄が一体どうやって生まれたのか」にはもちろん諸説あると思いますが、私が考える理由のひとつは「パントマイム」日本では「パントマイム」といえば、無言でクラウンみたいな人が見えない壁とか演じている芸みたいですが、イギリスでは全く違うものです。

基本は子供を対象としたお芝居なのですが、連れてきている大人も楽しめるようになっています。パントマイムには必ず出てくるキャラクターが何人か。
まず女装している男性。
(正義の味方の時もありますが、悪役の時もあります)
ヒーローとヒロイン。
(結構その割には影が薄かったり)
そして悪役(個性たっぷりで一番大切な役)
大概はとても有名なアクターがこの悪役を勤めるのです。
だから、お芝居のポスターなんかも真ん中はこの人。私はこの女優さんは知らないんだけど、イギリスの連ドラで有名だった人だそうです。
イギリスのパントマイムでは、おとなしく観客を演じる必要は全くありません。
それどころか、どれくらい野次を飛ばすかが大切なのです。
役者さんたちも、どれくらい観客を異次元の世界に引き込むことが出来るかを大切に考えています。
善悪をきっちりつけるというよりも、悪役も愛嬌があったり、白黒というよりはグレイの部分が多いかも。
常識を覆すという意味では、イギリスの子供たちは小さい時からこういった環境になじんでいるのです。

昨日はティムちゃんと二人で(桃太郎君は子供っぽいから行きたくないということで)リッチモンド劇場に足を運んできました。
演じられていたのは「眠れる森の美女」
ディズニーのアニメでは、最高の美女ということで、バービー人形のモデルになったといういわくつき。
でもイギリスでは悪い魔女が主人公ですから、プリンセス・ビューティーの影も薄ければ、王子様も登場のたびに失笑を買う始末。
魔女が出てくるたびにブーイングをしたり、決められた合言葉を叫んだり、本当に楽しめます。

リッチモンド劇場の中はこんなカンジ。外観はジョニーディップの出た「ネヴァーランド」の冒頭に登場しました。
昨日の夜はこんな風にライトアップされていました。

2010年12月22日水曜日

今年の鵞鳥

雪の為に、配達されるかどうか、とても心配だったガチョウが無事に届きました。
今日の8時から12時までの間、と言われていたので、おうちでおとなしく待っていたら、ドアベルが鳴ったのは10時半ごろ。
ロイヤルメイルとかではなくて、FEDEXでした。

10パウンド(1パウンドは450gくらい)ほどのものを注文したのですが、計ってみたら、10パウンド2オンス。
ちょうどいいサイズです。
ローリエとローズマリーと一緒に箱に入っていました。今はこれだけの重さがあるけれど、オーヴンに入れてしばらくすると、脂がみんな落ちて、結局はクリスマスの正餐の後は殆ど残りません。
鵞鳥の脂は融点が高いので、お料理にとても重宝します。
1羽焼くと、500mlくらいは採れるんじゃないかな?桃太郎君とティムちゃんのプレゼントも包み終わったし、後はイヴの日のシーフードを買いに行くくらいしか準備は残っていません。

今夜はこれからティムちゃんとお芝居を見に行きます。

2010年12月20日月曜日

INAMO St James

今日はティムちゃんとお昼を食べにロンドン中心地まで出てきました。
あまり外に出ていないせいか、最近少し食欲がないのを、心配してくれたみたい。

ティムちゃんが選んでくれたのは、ちょっと元気が出そうな面白いレストラン。
INAMOという名前です。
実はロンドンでは2号店だそうですが、私は初めて。
ジャパニーズフュージョン。

それにしても今日のロンドンも寒かった!
メインの通りは雪は処理されていたけれど、裏通りなんかは雪が凍りついて、ちょっと滑りそうになったりしました。
相変わらずヒースローも大変みたいだし、イギリスは寒さに対応できていません・・・。
私たちは公共の乗り物が信用できないので、車で行きました。
でも雪とか氷の心配がなければ、ピカデリーサーカスから歩いて1分です。

テーブルに着くと、担当のウエイター君が注文の仕方などを丁寧に説明してくれました。
テーブルはこんなカンジ。テーブルの右上のところにいろんな表示が出てくるのをタッチパッドで操作して、メニューをオーダーしたり出来ます。

例えばこれはメニューの小皿料理から選んだ「タイ風のビーフサラダ8.00ポンド」これ、バーチャルです。
お皿の上のは映像なので、それを見てオーダーするかどうかを決めるわけ。
そしてこれは本物。ちょっと映像とは違うけど、まあその辺は・・・(笑)

これなんかは、キッチンの生中継のページ。他にも「タクシーを呼ぶ」とか、地下鉄のマップなんかもあって、いろいろ見るだけでも楽しい。ゲームなんかもあるし、結構遊べるものがいっぱい。

お料理ですが、今回は小皿をいろいろ取ってみました。

これは「にぎりセット9.50ポンド」
はまちとサーモンとツナがセットです。「ドラゴン巻き(海老のから揚げとマンゴー)7.50ポンド」に「うなぎとアヴォカド巻き6.00ポンド」デザートには「タイバジルのパナコッタ5.25ポンド」お友達とわいわい楽しむのが面白いかな?
子供とか連れてきたら、絶対に喜ぶと思います。
「今度は桃太郎君も連れてこよう」と二人の意見は一致しました。
あ、「シーフード餃子4.50ポンド」は結構ハズレだったので、写真は撮りませんでした。
餃子は「お好み焼きのあべの」の方がずっとおいしい。

あとはね、お手洗いが広かったのがよかった。
トイレって、すごく気になります。
きちんとお掃除が行き届いているのをみると、レストランのほかの部分も安心できる、みたいな。

2010年12月19日日曜日

クリスマスの心配事



ロンドンはおとといから雪です。
ヨーロッパでも北の方に位置しているわりには、雪が降ること自体珍しいロンドン。
いつもお客様から
「冬はどれくらい積もるの?」と聞かれるたびに、
「降る事も珍しいのですが、まず降ったとしても積もる前に解けてしまいます。」
と答えていました。
ところがこの前の冬、今年の冬、と続いての積雪。

昨日はせっかくのアーセナルの試合も、雪で延期になってしまいました。
そういえば前シーズンでも一回延期になったかも。
その時の雪の記事

今回の雪は今年初めのものよりもたくさん。
ヒースローでもフライトがキャンセルになって大変なようです。

桃太郎君もティムちゃんも、お外には出たくないといっておうちにじっとしています。
だから残念ながら雪だるまは作らないまま。
一人で公園に行って雪だるまとか作ってもバカみたいだし・・・。

でもこの雪の為に、とても心配なのはクリスマスの準備。
イギリスではインターネットでお買い物をする人がたくさんいるのですが、そういった商品は宅配されるわけで、交通機関が麻痺すると、どうしようもないのです。
港なんかも閉鎖になっていたり、ロンドンまでの高速道路でもトラックが動かなかったり。
ニュースでよく耳にするのは「ジャックナイフ・ロリー」という言葉。
これは滑って、(大概)後輪が大きくそれて、曲がった状態のトラックが道をふさいでしまう状況のこと。
道路の実況中継の場面によく出てきます。

私はプレゼント類は12月の2週目までに全部買ってしまったので、そちらの心配はありません。
デモね、なんと鵞鳥の配達がまだ残っているのです。
いつもはメイフェアのお肉屋さん「アレン」に注文して、クリスマスイブにとりに行くのですが、今年はテレビでリックスタインがお勧めといっていた農場から直接手に入れる手配をしました。
セルダムシーン農場のサイト。
おうちに直接配達してくれるので、わざわざイブにロンドンの中心地に出かける手間が掛からないと思っていたのです。

最悪届かなかったらどうしよう・・・?
やっぱりアレンに注文すればよかった。
12月にはいると、アレンの店先はこんな感じ。


ステキでしょう?
天井からブラブラ下がっているのは七面鳥です。

2010年12月13日月曜日

テムズバリアー


私の所属しているAPTG(プロフェッショナルガイド協会)から先日メールが入りました。
「11月30日に予定していた、テムズバリアーの勉強会が、悪天候のために延期になったのだけど、新しい日にちには参加できない人がいるので空きがあります。早い者勝ち」
この勉強会は行きたかったのに、お仕事が入っていて参加できない予定でした。
だからすぐにメールを送って、オンラインで参加費用を銀行振り込みして、場所を確保しました。

いろいろな協会や、美術館、博物館主催の勉強会がありますが、やっぱり人気の高いものは、普段入ることの出来ないところ。
こういった機会に中を見ておくと、お仕事に直接の関係がなくても、予備知識として役に立ちます。

今日、朝10時にテムズバリアー集合。
私は公共の乗り物で行きましたが、駐車場があるので車でも大丈夫。
ノースグリニッチ駅(地下鉄ジュビリー線)の駅から、バス161か472でホルボーンカレッジ停留所で降ります。
そこからは看板が出ていて徒歩5分。

実際のバリアーには一般の人たちは入れません。
許可証を得て、中の人について案内してもらいます。特別に許可を得たグループというのは、2週間に1度くらいの頻度だそうです。

でもそういった許可がなくても、外からバリアーを見ることはできますし、運がよければバリアーが動いているところが見られるかも?
週に2-3度は幾つかのバリアーを、そして月に1度は全てのバリアーをメンテナンスの為に閉めてみるそうです。
脇にビジターセンターとカフェがあるので、校外学習とかはそういった施設を訪れるようです。
バリアーには、子供は立ち入り禁止だそうです。

今、世界中で水位の上昇が問題になっていますが、ロンドンではテムズ川の水位に対して、いつも危機感を持っていました。
歴史を振り返っても、たくさんの人々がロンドンの洪水によって、亡くなったり家を失ったりしてきたのです。
1953年の洪水では300人以上が死亡しました。
もし今同じ規模の洪水が起こったら、おそらく被害は計り知れないものになるそうです。
地下鉄が水没して、交通や経済が麻痺することは簡単に想像できます。
1972年に、ロンドンを守るためのバリアーの建設が認可されました。
正式なオープンは1984年。

このあたりのテムズの川幅は、約500メートルだそうです。
そこに、9つのピアと呼ばれる建造物が建っています。
北側から1から9までの番号が振られています。
北岸と第1ピアの間、第1と第2ピアの間、第2と第3のピアの間、そして第9ピアと南岸の間の4箇所には上から降りてくるタイプのゲートが設けられています。
それは川の底が浅いために、船が通る心配をしなくてもいいからだそう。
そのほかのピアの間は下からバリアーが上がる仕組みになっています。バリアーが上がって、テムズがせき止められるのはスコットランドを低気圧が通過して、高くなった水位が北海に流れ込んでくる時がテムズ川の満潮時と重なった時だけです。
その数は年によって違って、特に傾向などはないそうです。
毎年増えていますとかって答えを期待していたので、質問した人はちょっとがっかり。
質問には気軽に応じてくれたので、みんないろんな質問をしました。
私も「この施設で働いている人の数は?」なんて聞いて見ました。
100人くらいだそうです。
また、これも質問の答え。
一回バリアーを閉めるのに、約5000ポンドかかるそうです。

イギリスでは、質問の数は、ガイドにとって、どれだけ興味を持って聞いてくれているかということの目安。
子供のころから、授業中にどれだけ質問したり意見を言ったりするかが、評価の対象になります。
今日は日本人は私だけ。
他の12人はイギリス人がほとんどでした。

ピアとピアの間にはテムズの地下をトンネルがつないでいます。
今日はそんなトンネルの一部を通って、実際にピア7まで、南側からアクセスしました。実際にピアに立ってみると、鳥の巣がクレーンの上に作られていて、糞のために金属が痛んでいるのがよくわかりました。


他にもピアの内部で、実際に機械を見ながら、詳しい説明を受けたので、何となく、仕組みがよくわかった気分です。
今日のうちに記事にしているのは、こうやって書いておくと、復習になるから。
じゃないとしばらくしたら、忘れてしまいます。
2時間ほどの学習だったのに、本当にたくさんのことを知ることができました。
でもちょっと気になったことがひとつ。

はじめに「バリアーが出来るまで」みたいなDVDを見せられたんですが、そのなかの一こま。
「このバリアーは最新の技術を使って作られました。
素材の殆どは2030年までは問題なく耐久性があることが実証されています。
だから、次の世紀になってしばらく経つまで何の心配も要りません!!」
一体いつ制作されたのか知りませんが、多分80年代の初めでしょうね。
もう既に次の世紀に入って10年がたちますよー。
観ていたみんなからも、苦笑が漏れていました。
バリアーもDVDも、アップデイトした方がいいのでは・・・?
おまけ。
ブルーバッジガイドのサイモンさんが送ってくれた参加者の写真です。
みんな、ブルーバッジガイドです。

2010年12月11日土曜日

忘れもの?

ここ最近忙しかったので、なかなか記事が書けずにいました。
今日も一日お仕事で、今帰ってきたばかり。
でも忘れないうちに書いておきます。

私が住んでいるところは日本風に言うとマンションです。
英国ではフラットという名前でよびます。
フラットには2種類あって、ひとつはもとは一軒のおうちとして立てたものを、改造して住み分けるケース。
そして、もうひとつはフラットとして建てられたケース。
我が家は後者に当たります。
1930年代のフラットで、全体で25世帯が入っています。
全体の建物が東と西に分かれていて、私のフラットは東側。
同じ階にはもう一軒あるだけです。

私たちのおうちのドアをあけると、3メートルくらい離れたお向かいにドアがあって、向き合った感じ。
今朝、私がお仕事に行くために玄関を開けたのは、7時半頃。
何となくどこかで音楽がなっているなーとは思っていたのですが、玄関を開けて、何なのかわかりました。
お隣のドアの前に、ハンドバッグと小さなショッピングのバッグが置いてあって、音楽はハンドバッグの中から。
どうやら携帯の着信音のようです。

ここ数ヶ月、お向かいの人達が、玄関先に靴を並べているのが気にはなっていたんですが、私たちも泥が付いていたりするときは、おうちの中で脱がずに、玄関先で脱いで忘れていたりするので、特に文句も言わずにいました。
ティムちゃんはやっぱりあまり好感は持っていないようで、何で公共の場所に私物を置くのかと、私には愚痴をこぼしますが、本人には言うほどのことではないと思っているようです。

でもハンドバッグって?
これは絶対に置こうと思っておいたものではないはず。
もちろん表玄関に鍵は掛かっているけれど、甘い鍵だし、配達の人とか、外部の人も出入りがあるし。
ティムちゃんも以前、車の上にブリーフケースを置いたままおうちに帰ってきて、翌朝見に行ったらそのままってことがありました。
私たちの住んでいるところは、かなり安全でのんびりの地域なので、ロンドンのどこもそうとは言いませんが。

これ、どうしようかなー。
お台所が中庭をはさんで向かい合っているので、向こうのおうちがまだ就寝中なのは想像がつきます。
一瞬、私のおうちに入れておいて、メモをはさんでおこうかな、とも思いました。
「うちで預かっているから、ベルを押してね」みたいに。
でも、それもねー。
第一ティムちゃんが何時に起きるかわからないし、出かけたりした後に、取りに来られてもね。
そこで、とりあえずは見なかったことにして出かけました。

何となく、後ろめたい気もします。
でも寝ているところを起こされるのも土曜日の朝っぱらからイヤだろうし。

皆さんだったらどうしますか?

2010年12月8日水曜日

Iron Bridge

先日、世界遺産のひとつであるアイアンブリッジに行く機会がありました。

アイアンブリッジというのは橋の名前でもあり、またその橋の建っている町の名前でもあります。
上の写真はアイアンブリッジから見た街の様子。

すごく寒い日で、前日に降った雪が残っていました。

この橋ができる前は、この谷を降りて、船を使わないと、対岸にはたどり着けなかったのです。
天候や水かさのために、船はいつでも使える訳ではありません。
水害などのために橋が流されたりして、私たちは初めて橋がどんなに重要なものかを知ることがあります。
でもそういったことがなければ、今、それがなかった時を想像するのは非常に難しいのです。

脇の階段を下りて、下から眺めた様子。この橋は鋳鉄で出来ています。
固いけど、粘りのない鉄。
そんな材料で橋ができるのか、当時の人たちはとても不安だったそうです。
この場所は、よく、産業革命は始まった場所といわれます。
そんな定義をどうやって持ち出してくるのかには諸説ありますが、この場所には産業革命に必要なものは全て揃っていました。
水、石炭、鉄鉱石。
谷間にあるという地形の為に、ほかの場所よりも地下鉱物の採掘が簡単だったのです。

橋が作られたのは1779年。
エイブラハム・ダービーという人が作りました。
彼以外にも、18世紀の英国を代表するエンジニアーたちの努力が集積されています。
このエリアには博物館がいくつもあるので、丸1日を過ごしても時間が余ることはありません。私はバーミンガムから車を使いました。
雪が残っていたので、あまりスピードを出さなかったためか、1時間少々かかりました。
カフェやホテルなどもあるので、計画をキチンと立ててから行くことをお勧めします。
1時間ほど歩いた後はカフェでゆっくりお茶。
ちょうど橋の見えるところにダービーという名前のカフェがありました。
寒い時だったおかげで、他に観光の人はいませんでした。
夏場は混むかもしれません。

2010年11月30日火曜日

デンマーク・ストリート

ロンドンのデンマークストリートは、1960年代から楽器店、特にギター関係のお店で有名になりました。

以前にもここで紹介したことのある、1928年にイギリスに国費留学していた武部六蔵さんの日記や、武部さん以外の方が残されたちょっとした記述などによると、ロンドンにはその当時、少なくとも2軒の日本人旅館がロンドンに存在したようです。

そのひとつ、「ときわ館」はどうやらこのデンマークストリートにあったようなのです。
(もうひとつは「東洋館」という名前で、パディントン辺りにあったらしい)

この間、少し時間があったので、この地域の資料をあたってみることにしました。

イギリスでは、特定の地域に関して調べてみようと思ったら、まず図書館を見てみます。
図書館と一口で言っても、一般の貸し出し図書館ではなくて、リファレンス図書館とか、ローカルヒストリー研究と呼ばれているものです。
この本は100年位前に出版されたもので、図書館で閲覧することが出来ますが、貸し出しはされていません。

古いものを調べる時には、通りの名称が変わってしまっていることがあります。
ですから、通りの名前よりも、もっと普遍的なもの、すなわちその教区の名前で検索するとうまくいく場合が多いのです。
普通は探している場所の、最寄の教会がそれに当たります。

デンマークストリートの場合は、ちょうど1番地の横がセント・ジャイルスという教会です。中はこんなカンジ。
この教区はとても貧しい区で、1665年のペストの大流行がロンドンを襲った時、最初の死者を記録した地域でもあります。
現在は、ロンドンのカムデン区なので、カムデン区の数ある図書館のうち、最寄であるホルボーン図書館を覗いてみました。

受付の係りの人に、デンマークストリートに日本人用の旅館があったらしいことを調べている旨を告げて、その歴史や記録などを調べたいという希望を伝えました。
面白いなーと思ったのは、受付の人は3人いて、1人が私の相手をしていましたが、残る二人は1冊の本を覗いて、話をしながら何かを探している様子。
そのバックグラウンドでは電話が鳴っているのですが、誰も出ようとはしない点です。
こういった場面に出くわすたびに、イギリスでは対面で話をすることの重要さを思い知らされます。
もちろん手紙やメールで問い合わせも出来ますが、順番は、やはり目の前にいる人から。

私が一番調べたかったのは、1920年代の国勢調査記録か、選挙登録の記録だったので、それ以外でも見てみると面白い記録などがあるかどうかも聞いてみました。
これは、選挙登録の記録で、まずこのページは選挙区のエリアが書いてあります。
選挙区のエリアが書いてあるページ。これが、選挙権のある人のリストです。このページにはどんな理由で選挙権があるかという略語の説明。
例えばHOというのは、だんな様(Hasband)のおかげで選挙権があるということ。

国勢調査の記録は1901年のものが手に入りました。
「100年たたないと、一般に公開されない」というルールがありますから、来年には1911年のものが見られるわけです。
マイクロフィルムに保存されているので、こんなスクリーンで見ます。拡大するとこんな風。図書館ではこういった状態で保存しているので、目録からラベルの番号を割り出して、自分でセットアップして見るわけです。100年くらい前のデンマーク通りの外観。こちらはある1軒の中の様子。1720年当時の地図には、それ以前のものにはなかった「デンマーク通り」の名前が出ています。
じゃあ現在のデンマーク通りの写真を幾つかご覧ください。