2012年3月12日月曜日

古代オリンピック

私たちは日本語で単純に「オリンピック」と言いますが、オリンピックはひとつではありません。

もとはオリンピアという場所で行われていた「競技大会」がはじまり。
最初の「オリンピック」は紀元前776年というから驚きです。
どうしてそんなにちゃんと分かるのか、というのは簡単。
たくさんの記録から、4年ごとに行われていたことがわかっています。
そして、そんな競技大会のひとつに日食の記録があるから、逆算することが出来たそうです。

でも、オリンピアでの競技大会が唯一のものであったわけではないのです。
ギリシャには、精神の健康と肉体の美しさを尊ぶ文化がありました。
大人は全て、平時でも体を鍛えて、必要があればいつでも戦争に赴く準備を求められていました。
そこで、いろんな場所で競技大会が開かれたわけですが、そのほとんどは神殿のあるところで、特定の神様に奉げるといった体裁をとっていました。
オリンピア以外ではデルフィーのアポロン、ニーミアのゼウス、コリンスのポセイドンなどに奉げた競技大会がありました。

オリンピアには町があって人が住んでいたわけではなく、神殿が建つ聖なる場所でした。
オリンピアにあった神殿はゼウスを祭ったものです。
4年に一度その神殿の前で、ステードという競技が催されました。
これは、約190mの競争です。
初期には何の設備もない場所で行われたこの競技が、次第に参加者や見物人が増えたために、専用の建物を作ったことから、競技場のことをスタジアム(ステードが行われる場所)と呼ぶようになりました。
77回目の競技大会の頃には、たった1日だったオリンピックは5日になり、その競技種目も16に増えています。

ギリシャの全域で行われた大会ですから、どの都市も名誉のために選手を念入りにトレーニングしました。
有名なピタゴラスも、オリンピック選手のトレーナーだったそうです。
大会は、それでも宗教色が強く、5日間のあちこちに宗教儀式がはさまれていました。
月桂樹の冠だけだった、名誉の勝利も、それ以外の副賞が付け加えられ、世俗化していく大会が出てきましたが、オリンピアのものだけはそういった世俗化を免れています。
そのために、他の大会がなくなった後も、逆に長く残ることになったのです。

ローマ皇帝の一人テオドシウスはキリスト教の保護で有名ですが、彼が一切の異教の儀式を禁止にしたために、古代オリンピックは393年の大会を最後になくなってしまいました。
戦争中にもオリンピック競技の時には休戦して、1000年以上欠かさずに行われていたそうです。

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